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「うわあ!!!!」 何事かと一息ついていたピットクルーは思っていた。正確にはかなりぼんやりしていた。 「誰や…テント飛ばしてるのは…」 無残にひっくり返ったテントを支えている隣のピットの人々を見て、松Fはつぶやいた。 「すみませーん!」 ハッと何かに気付いた顔をしてN田、そしてS田が走り出す。もう一つのテントもひっくり返って転がっていく。
「は?」 T原も呆然と見ていたが、 「これ!うちらの!」 ひっくり返ったテントに駆け寄ろうとしたとき、突風が吹いた。
「んぎゃ!」 今度はピットのテントが飛ぼうとする。 「すみません!すみません!ちょっと待っててください!支えててください!」 一つのテントにかかりきりのN田が謝りながらも、ずうずうしくお願いをする。 パニックになったHSTRメンバーの視線は宙を漂う。
「ガソリン!ガソリン缶!」 T原が叫ぶ。S田がガソリン缶をひっくり返ったテントに乗せる。N田はもう一つの転がったテントの一つを片付けている。
「た、たすけて〜」 ピットテントを支えていた松Fが悲痛な声を上げる。継ぎ足しにしている足(全高を稼ぐために自動車整備用の馬をかませていた)が崩れてくるわ、吹き飛ばされそうになるわ。必死に押さえているが、自分が飛ばされそうになっている。
手の空いたS田がピットの足にガソリン缶を置いて錘にしていく。 惨状を見ながら、稲Yがピットレーンを通り過ぎていった。 HSTRのテント、全てが空に舞おうとしていた。 居住テントさえ空を目指す。 これが転がれば惨劇の拡大は目に見えている。他チームから、いや主催者からの白い目と、次回からの参加見合わせ要請があるかもしれない。 ピットの固定も早々に、今度は居住テントの中に荷物という名の錘を運び込む。
時を同じくして栗Tが坂内に到着した。 そこへいきなりS田に呼ばれる。 「ちょっと下山して下Oさんに電話してきてくんない?」 「下Oさん?」 「まだ大阪のはず。今回はパンク続きで、チューブ買ってきて欲しい」 来て早々、栗Tは携帯電話の電波が届くところまで下りる羽目になった。
次に走るのはT原。 N田のブレストガードに付け替えられたボディアーマーを見て不安そうである。肩から上腕にかけては松F苦心の作、ロッドフォームの特徴であるアームガード付けられている。 それを見て、T原はハッと気付いた。 「もしかしたら腕が上がらないかもしれない。先にメットかぶってもいい?」 「どぞどぞ」 にこやかに答えながら、 (腕は上がるように作ってある) と松Fは思う。 メットをかぶり、ボディアーマーを着け、ここにロッドフォームT原が完成する。
稲Yがピットイン。 「あんまり体力がもたないから、すぐに帰ってくると思うよ」 と言い残し、ロッドフォームT原が駆け出す。
デンバードはまだ原型を保っている。
稲Yのデンバードライディングコメント。 「いや〜、気持ちいい。あちこちで声援が飛んでくる」
電話から栗Tが戻り、稲Yとパンクしたチューブの修理・確認を丁寧かつ念入りに行う。下Oがチューブを買ってきてくれるまで使用できる18インチチューブはこれのみ。頼みの綱ならぬ頼みのチューブだ。 そして、今のライダーはT原である。 “T原が乗ると何かが起こる…” 初年度はリヤスプロケットの崩壊。それから毎年のように、T原がライダーのときには予想の斜め上の出来事が起こるのだ。 初参加の稲Y以外の胸中に湧き上がる不安。 今年は何が起こるのだろうか…。
「調子はどうですか〜?」 にこやかにK森夫妻がパドックゾーンに現れた。 「はいこれ」 と手渡されたものに松Fは目をキラリと光らせる。 「これは!」 「前から行こうと思ってたケーキ屋さんのです」 さすがK森、誰に渡したら一番喜ぶかわかっているらしい。 しっかりと抱きかかえ、一人居住テントに引きこもる松F。テントの中で手渡された箱を開けるとシュークリームとチーズケーキがお目見えする。 居住テントから出てきた松Fの口の中にはすでにチーズケーキが入っていた。
K森の差し入れはさらにあった。 石油ストーブである。 これがないと坂内の夜は過ごせない。 居住テントに運び込まれた石油ストーブをN田とK森が確認する。灯油に余裕がないと感じたN田はあまり火を大きくしすぎないように言い渡した。
雲が増え空模様が怪しくなってきた。日が翳るにしたがい寒さも増してくる。出産を控える婦人を案じ、K森は早々に帰ることにした。 家の都合があるにも関わらず、坂内入りしていたY本も写真撮影を松Fに託し帰っていった。 パドックが少しさみしくなった気がした。
何周目だろうか。機嫌よく手を振って通り過ぎるT原のマシンをのんびり見送る我々に、隣のピットの方が寄ってきた。 「リヤ、パンクしているみたいなんですが…」 やはり。今年もT原ライダーでトラブル発生である。 S田と稲Yが走り、ピットレーンを通過するT原を強引に止めた。 「パンク?そういやリヤが滑るような気がしたけど…」 あっけらかんとT原は言う。 河原を含めガレ場の多い坂内のコース。パンクしたまま走ればリムを破壊する可能性もある。あっけらかんとしている場合ではない。 稲Y、栗Tにより入念な確認が行われたパッチ当てチューブと入れ換える。
ここでS田と交代かと思いきや、T原はまたデンバードにまたがった。 T原の「早々に戻るから」の言葉を真に受けて準備万端で交代を待っていたS田は、居住テントの入り口で待たされることになった。しかし待てど暮らせど、T原がピットに入る気配はない。毎回ご機嫌で通り過ぎてしまう。
「T原さん、入ったら起こして」 半ば諦めた声でS田は寝転がってしまった。 かく言うS田も最初はまったく走る気などなかったのだ。交通事故による大怪我。回復の後もレースでの走行に不安があった。そのため、S田曰く、ライダー不足のためN田に無理やり登録されたとのこと。だが、N田曰く、S田復帰のお手伝いだそうだ。
T原がピットイン。
T原のデンバードライディングコメント 「声援が飛んでくるんだけど、あんまり速くないから恥ずかしいな〜」
ライダーベルトを装着し、S田、場内進行! N田による復帰のお手伝いはかなりの功を奏したようだった。 走ることが楽しい! こんなに注目されたことない! デンバード外装が壊れてない!(←これが重要) (これはもしかすると、24時間もつんじゃないか?) S田の不安は希望へと転じ始める。
13周程度を難なくこなしピットイン。暗くなってきたためフロントカウルを外すとHIDライトが顔を出す。 一方、リアユニットを外すとテールライトは振動のため固定部が外れていた。 「頑丈につけたつもりなのに」 リアユニットであるバックにテールライトを縫い付けた松Fは不服そうだ。バイクの振動を甘くみていた。 急遽ドリルでリアカウルに穴をあけ、テールライトをインシュロックタイでくくりつける。 「次、栗Tね。1周で帰ってくるから。準備よろしく」
予告どおり1周走り終えてS田ピットイン。 居住テントの中でストーブにおしりを暖めていた栗Tも準備は整っている。 S田のデンバード仕様車の提案に拒否感をあらわにしていた栗Tではあったが、デンバード仕様シュラウドのみになったマシンに乗ることには抵抗がなかったようだ。 仮装もなく、地味になったマシンにまたがり栗Tが走り出す。 空からは雨が降り始めている。 気温はどんどんと下がっていく。
1周目。 すぐに戻ってきた栗Tが叫んだ。 「テールライトが消えてるって止められました」 確かにうんともすんとも光らない。さすがは100均クオリティーだ、とみな妙に納得する。 二つあるうち一つのライトの接続部をきれいに掃除して電池をはめるとなんとか動いた。それを付け直してまた栗Tは走り出した。
山に囲まれた坂内の夜は早い。雨が降り続き、月明かりもない。パドックゾーン以外はヘッドライトの明かりのみ。
闇が来る。
しばらく栗Tがピットレーンに戻ってきていないような気がした。 何週目だろうか? 各自、 「何かあったか?」 という不安を口にし、次には 「まあ、大丈夫だろう」 と締めくくる。 心配しているのか、していないのか。 とはいえ、他チームでは搬送される怪我人も出ているのだ。みなが本気で心配を始めた頃、栗Tは戻ってきた。 「ライトが時々数秒消えるんです!」 「ええ!」 N田が驚きの声を上げる。 整備のときからHIDの不具合に泣かされ、DB製作班の邪魔に負けず、創意工夫を重ね使えるようにした会心の作・・・のつもりであった。 何が原因か・・・。ライトカウルを外し、ライトユニットを見る。 「固定部が熱で溶けてる…」 HIDバーナー固定部の一部が緩み、位置がズレたためだ。 唖然と見るN田。 「振動で外れたんやなあ」 どうするのか…。みな周りから見守る。 N田は溶けた部分をカッターで削り、接着剤を流し込んだ。 「えええええ」 またとんでも工作をしていると思った松Fが声を上げる。 「大丈夫だって」 N田は平然とライトを元に戻した。 テールライトも消えている。 予備のテールライトに換え、栗Tは不安とともに走り出した。
その間、テールライトが消える原因は稲Yが調べていた。 「振動で接続端子が取れるんだねー」 原因がわかれば対処ができる。 こちらはS田がグルーガンを流し込みんで内部を固めて完成。 N田は受け取った100均テールライトをラップでぐるぐる巻き始めた。 「ええええええ」 またとんでも工作をしていると思った松Fが声を上げる。 「大丈夫だって。 これで濡れることもない。完璧」
案の定、栗Tは再度戻ってきた。 「テールライトがやっぱり消えてます!」 N田はグルーガン充填済テールライトをリアカウルにインシュロックタイで固定する。 応急処置が施されたマシンで栗Tは雨の中飛び出した。4回目の出発だ。
しばらく走りの安定していた栗Tがまたピットイン。 「今度は?」 「パンクです」 「ええ!」 パンクの多さにみな辟易である。 だが、すでにチューブはない。下Oもまだ来ていない。 「岩にHITしたんじゃないかな」 「フロントのチューブ入れよう。21インチだが大丈夫だ」 N田が指示を出す。 「林道の常識だよ」 (ほんとかよ?) どうにも信用していない松Fであったが、他に異論が出ないことをみると本当にそのようだ。 どういう訳か、これ以後パンクトラブルは発生しなかった。
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HSTR 2007 Presents
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