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「今回、人少ないもんなあ」 HSTRの連絡メールを覗き込んでいた松Fが人数を数えだす。 「N田、私、S田、T原…」 「栗T、下Oが遅れてくる。後はY本先輩が前半だけ応援に来てくれる」 「大丈夫なん?」 心配そうにN田をみる松FをN田は死んだ魚のような目で見返した。N田は限界だった。仕事とバイクの整備で疲れきっていた。 「無理をせず、今、出来る人だけで出来る事をやる。 そうやって続けていれば、また出来るようになったときに帰ってくるメンバーもいる筈だから…」
−−−それがHSTRだと。
「ま、なんとかなるでしょ」 いつものごとく、N田はそれで締めくくる。
そもそもHSTRは体育会系ではないので、24時間を多人数で走る。 その年にならないとどれくらい走る分担があるのかわからないのだ。もちろん、多ければ多いほど楽が出来る。 しかし、今年は終日出走確実なのが2名。夜から来られそうなのが2名。走れるかどうかわからないのが1名。 全員が走るとしても24÷5=4.8 一人当たり約5時間走らなくてはならない。苦しいことが目に見えている。 チームの誰もが、もう少し人数を増やせないかと思っていた。
そんな折り、加勢部隊を見つけてくれたのはT原だった。どのように
ライダー6名。なんとか体裁を整えて、レースの当日を待つことになった。
…しかし、前日になっても受理書が来ない。 「もう、なあなあやから」 ぐったりしたN田が言う。毎年参加で主催者側にも顔を覚えられている。そのためか主催者側もぐだぐだなのだろう。
「当日参加の申し込み。ライダーは免許証と印鑑、保険証を忘れないこと」
最後の連絡がメールで流される。
10/20(土)の朝6:30。天気予報は山沿いは所により雪。 年に一度の非日常的な2日間が始まる。
前日入りのY本が早朝に起き出し、爆睡のN田、松Fを起こす。いつの間にか稲Y、T原、S田も到着。 すでに戦いは始まっている。いかに有利な場所にパドックを陣取るか。 T原のパジェロをパドックエリアに下ろし、迷惑省みずピットレーンの入口に陣取る。パジェロの中身が展開され、T原主導の元すぐさまピットと居住区が設営される。 これまでの経験を生かし、準備、計画は万全だ。
−7:00過ぎ− S田はマシンを預けてある岐阜県在住のK森宅まで積み込み手伝いに走った。
−7:30頃− マシン到着。ライトが変わっただけの普通のヤマハTT250Rが軽トラから降ろされる。 本来なら、マシンの最終整備が行われるのだが、N田はあきらめた顔をしてS田と松Fに場所を譲った。 うれしそうにS田は上着でデンバードのフロントカウルを隠して車から降ろしてくる。 「なんで隠してんの?」 上着を剥ぎ取ろうとする松FをS田は慌てて止める。 「こういうのは密かに暖めておくの!」
まずは取付が難しいシュラウドから装着。次に一見スポイラーにも見えるリヤのパンタグラフユニット装着。 不審そうな視線がS田と松Fにちくちく刺さる。しかしその正体はまだばれていない。
パンタグラフユニットの中にはY城特性自動ラップ計測システムが搭載された。いつもは抜群の威力を発揮するシステムであったが、今回は不安要素があった。N田のテストではハードが正常に動いていない可能性があり、新しく送られてきたソフトもテストする時間が無かった。 そしてその不安は的中することになる。
最後に付けられるフロントカウル…。 不審そうな視線が、失笑の視線へと変わる。
「空力良さそうだね〜」 「このリヤスポ効くの?」
予想されていた質問も飛んでくる。
「これ、24時間持つの?」 『わかりません!』
元気よく応えるS田 もちろんテストなんて行えるはずもなく、製作者であるS田もその耐久力を判断することはできない。 (持つといいなあ…) デンバードの耐久性に関してはレース前からの不安要素ではあった。だがここへきて、それ以上にS田を不安にさせることがあった。 (24耐参加者、もしかして、誰もデンバードを知らんのか…?)
「これ、仮面ライダーのバイクですよね、写真撮ってもいいですか?」
地獄から天国へ、引き上げられたような満点の笑顔でS田が答える。
「原型とどめている内に撮ってくだされ!」
フロントカウルが付けられた姿を始めて目の当たりにしたT原は不安そうにマシンを見る。稲Yも驚いた様子だ。
「え、これで走るの?」 「そうです」 有無言わさない調子で松Fが答える。
「話聞いてませんか?E戸さんから…」 稲Yの態度に不安を隠しきれず、S田が問う。
「いや、聞いてない」 しかし稲Yはすぐににこにことマシンを見渡した。 「すごいなあ」
それを聞いてS田はほっと胸をなでおろす。
主催者がやってきての車検も、デンバード外装のまま行われた。 が、
「あ、ライトあります?はい。テールは?ある?はい。オッケー!」 「オッケーか!本当にオッケーか!」 驚きのあまりN田とバイクを見比べる松F。しかし誰も松Fには取り合わない。 それよりもまだできかけのピット設営のほうが大事だ。
−出走時間の11:30が近付く−
空は晴れている。
N田のブレストガードにソードフォームが取り付けられ、ヘルメットにはお面が貼り付けらる。なんとなく仮面ライダーっぽい。このとき、松Fはソードフォームが間違っていることに気付いていなかった。だが、そんなことは今後、誰も気付かないであろう。 とりあえず記念写真。
「俺、参上! ポーズはこうか? 手の位置はこれでいいのか?」 目をきらきらさせてうれしそうにポーズをとる。しかしまったく絵にならないのがN田たるゆえんだ。
今年もルマン式スタートである。 補助についたS田は語る。 「キャラになりきって態度が悪い…。いや、あれが地か?」
オープンクラスから順にスタートフラッグが振られる。 キャブの調子が悪く少々手間取るも、流石セル付き、体力ロス無く無事スタート。
坂内のコースは全体的にガレており、前半は登りで後半は下り。川渡りがあってその後は河原を全開で走り抜ける。特に1周目はコース上に走行ラインが無く滑りやすい上、先日の雨であちこちに大きな水溜まりが出来ているが、それでも今年は走り易い。 その先には坂内独特の周回チェックシステムが待っている。 ゴルフボールが沢山入ったかごから1個取り、自分のチームのゼッケン番号のついた箱に入れるのだ。 これで1周となる。
1週目の先頭集団が帰ってくる。 スタートに手間取った分、少し遅れてくるはず。N田は転けずに帰ってくるか? 心配そうに川原を見るチームメンバー。 その中でまったく別のことを心配している男がいた。S田だ。 (強烈な振動、川の水、風圧…。デンバードはその形を保ったまま帰ってくるか…?) 川原に白いボディが見えてくる。走ってくる姿はなんだありゃ。 明らかに他のマシンと形状が異なる、まさしくデンバード。 S田は満足そうだ。 デンバードは無事原型を保ったまま1周目を走り切り、そのまま山中へと消えていった。
軽く走り終えたN田は稲Yにバトンならぬ、ライダーベルトを渡した。 ガンフォームをボディアーマにつけられた稲Yが走り出す。
「デンバード外装、意外にも邪魔にならんね。後方に体重移動しても、テールユニットは邪魔にならない位置にあるし」 N田のコメントに 「そこら辺はちゃんと考えて作ってますぜ」 とS田ニヤリ。
片や松Fは次ライダーT原にロッドフォームの仮装させるべく、N田のブレストガードのボディアーマー仮装を付け替えていた。T原は普段アウタータイプのブレストガードを使用しないためだ。
乗りなれている稲Yは速い。瞬く間に2周回し再びデンバードの姿が目に入る。そしてそのままピットに入った。
「パンクしてる!」 稲Yの声に一気にピット内が色めき立つ。 「換えのタイヤ!」 N田が叫ぶ。 「ない!」 「S田!タイヤはどうした!」 「え、知らんよ」
思いがけないところで指摘され、S田はきょとんとしている。悔しそうにN田がつぶやく。 「やっぱり俺がマシン取りに行っとくんだった」 「なんで積み込んでこないんよ!」 松Fに怒鳴られ、S田は え〜 という顔になった。 「そんなん聞いてないもんなぁ」
すぐさま修理内容が変更される。 「チューブ交換!」 松FはN田の備品の中からチューブを探すがバイクに造詣が深くないためどれをだしていいものかわからない。
「よくすべるなーと思って。頂上で無線コールしたけど届かなかった」 苦笑いの稲YにS田も苦笑いで答える。 「そうそう。上のほう届かないんですよ。お守りみたいなもんですよねー」
松Fからタイヤチューブ全てを渡されて確認していたN田がっくりとした声を出した。 「サイズが違う!間違えた!!」 予備タイヤチューブ、全て14インチ。 もしもし、原付バイクじゃないんですが? ミスが続くN田はすでにあきらめモードにはいりつつある。 「まあ、気長に行ったらいいし…。タイヤとってくるわ」
「チューブ持ってきてるけど…使います?」 全員が稲Yの顔を見た。 「あります?」 N田はおずおずと聞く。 「サイズ18インチですよね?持ってきますわ」 稲Yは車までチューブを取りに向かった。
残った者達でマシンからタイヤを外しはじめる。 N田が指示を出しS田がタイヤからチューブを取り出す。 見ると口金が飛んでいる。 「うわあ…」 パンクを見慣れていない松Fが目を丸くする。 「チューブに空気入れなくていいの?」 稲Yが遠慮がちに言う。 「いや、大丈夫でしょ」 のんきにN田が答える。
リムにチューブとタイヤを組み付け空気を入れるがビードストッパーが出てこない。 「中の様子がわからないし、一度外しません?」 S田の提案にも 「だいじょーぶ、だいじょーぶ」 とN田。いい加減さはいつもの通りだ。
とりあえずチューブを入れ込み、作業は終了。 稲Yは再度デンバードにまたがり、勢いよくピットから飛び出した。
稲Yの後姿を見送りながらN田が叫んだ。 「松Fちゃん、タイヤとってきて!」 「え、え、わかった。ちょっとこれ付けてから…」 まだボディアーマーを取り付けていた松Fが電動ドリルを片手に情けのない声を上げる。 「わかった。とってくる」 舌打ちが聞こえてきそうな台詞とともN田は既に走り出していた。
そしてまた稲Yがピットイン。 「またパンク!」 「なんで…」 変えたばかりのチューブを引っ張り出し、稲Yが丹念にそのチューブを見ていく。 「ここかあ」 稲Yが指差す箇所にはいくつかの亀裂が入っていた。 先ほど、急いだ作業の結果だ。 稲Yの求めるゴムのりを松FはN田の装備から探して渡した。だが、肝心ののりが出てこない。 「なんだこりゃ?」 とS田。役に立たないといいたいのだろう。 「他にないの?」 T原の問いに松Fはいろんな接着剤を出してみせる。 「あー…」 落胆の声があがった。 稲Yはゴムのりを搾り出してパッチを当てる作業を黙々とこなす。
と、そのとき。 「ダメダメダメー!」 主催者の制止の声が響いた。松Fが反射的にそちらを向くとN田の車がパドックゾーンに下りてこようとしている。N田は制止の声に気付いていないのかにこやかに車から顔を出し、大きく手を振っている。 「あかんって!戻って!」 叫びながら松Fは車に向かって走りだそうとする。わけがわからない顔をしていたN田もなんとなく事情を察知したのか車をバックさせた。
しばらくしてN田とS田が予備タイヤを持ってピットに戻ってきた。 マシンに予備タイヤがはめられる。 稲Yもチューブ修復を中断し、ライダーに“変身”した。
再びガンフォームの稲Yが走り出し、ピットにつかの間の落ち着きが戻った。 本当につかの間だった。 作業を終えたことを見計らったように、突風が!
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HSTR 2007 Presents
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