2002年10月26・27日
「坂内2DAYSエンデューロ24H」
DT200WR坂内スペシャル
24Hの壁 そんなこんなで、スタート時には2名減の9人のライダーとサポート4人という体制で挑む事となった。 そして、24H耐久は普段参加している3Hとは全く異なるレース展開を見せた。
体力の消耗戦ではなく、それを上回るパーツの消耗戦だったのだ。 ブレーキパッドの消耗も尋常ではなく、チェーンは伸びる伸びる、終いにゃ切れるし〜。 スプロケットの破損も壮絶だった。フロント側の歯が欠けたのは仕方ないとしても、リヤは完全に砕け一部欠損、全体的には楕円形に変形していた。
上記以外にも、とにかくピットストップが長かった。 メカニックはへろへろ、その分ライダー達は元気だった。あばら骨を折っても、翌日まで気付かない位元気だった。 元気なのは良いが、もう少しマシンを労ったライディングも考えなければいけないだろう。 もちろんライダー達もそれなりの苦戦は強いられており、ライトの光軸が合わず他のバイクの明かりを頼りに走った者、エンジンがかからずにキックの鬼と化した者もいた。 とは言え、多岐に渡るトラブルにも係わらず24H走りきる事が出来た我々は、メタルスライムを倒した位の経験値を得たが、チーム(この場合はパーティーか?)の人数も多いため個人のレベルアップは微少だったかもしれない。
消耗と言えば、メンバー皆が散財した。 6月にはまともな装備が無い者が多かったにもかかわらず、インターネットオークション等を駆使し、気が付けば全員、何故かライダー以外のサポートまでフル装備揃っていたのだ!! また、これに触発された装備持ちも10年前の装備に別れを告げ、おニューメットやウェア、中にはニューマシンを手に入れた者までいた。 総額は恐ろしくて誰も算出しようとしないが、ここまでやったら今年だけでは終われない。 恐るべし坂内2daysエンデューロ!オフロード界に経済効果までもたらすか!?
我々の前には3桁という大きな壁も立ちはだかった。 総周回数99周。 100周したと勘違いし、ヌカ喜びしていた分、落胆は大きかった。 見てろよ、来年は3桁男に・・・ってこれは事項のネタだ。
ゴール!!